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感想を共有しないことができない

二重否定。

今後しばらく長い間お仕事が休みになった僕です。今日から家で何をしようかなぁとぼんやりしている午前9時です。とりあえず猫を撫で回しています。

 

家には、Netflixが繋がっています。僕は映画を見るのが大好きです。ポケモンもまだクリアしてません。週刊ジャンプも先週分から読んでないし、人から借りた本もまだ読んでいません。

やることはたくさんあるっぽいぞと思うのですが、イマイチやる気が出ない。

そもそも2月もまるまる1ヶ月休んだのにほぼ寝て過ごしたので、今後の生活もお察しである。

 

暇なわけではないけれど、気力が湧かないのです。Twitterを眺めても、みんな学校やお仕事がんばってるから人がいない。映画や漫画やゲームや読書はなんでやる気がわかないんだろかなあ、趣味なのになあ。まだ洗濯物を干していた方がマシというレベル。できれば散歩がしたいのだけど、外出は基本的に禁止だ。

 

なんで…どうして趣味が楽しくなくなったのか。と考えて、思い当たることがある。

映画や読書やゲームは、元々昔から趣味ではあるが、昔から、それらは誰かと感想を共有することを前提におこなっていた。

どれもひとりでできる趣味だけれども、映画は同じ映画を見た友人と語り合いたいし、読書もゲームもひとりでしたとしても、同じ本を読んだ・同じゲームをした友人と語り合いたい。インターネットの掲示板やSNSで話すんではなく、誰かと面と向かって、どうでもいい話も交えながらその場で趣味の感想を共有したいのだ。要は、おしゃべりすることが大前提である。

 

散歩や猫と遊ぶのも趣味だけれども、それらは特に共有すべき感想がない。「いい天気で気持ちがいいなあ」とか、「猫が可愛いなあ」とか思うのを誰かと共有する意味は無いと思っている。僕は鉱物も好きなのだけど、鉱物も同様だ。

映画、読書、ゲームも鑑賞中はひとりで楽しめるもの。散歩や猫や鉱物もひとりで楽しめるもの。だけど前者と後者の間には僕の中では明確な違いがあり、誰かと感想(レビュー)を共有できない前者の趣味はあまりやっても意味がないのである。。。

 

僕の恋人は、基本的になんでもひとりでやるんですが、僕が見てない映画や漫画や、僕がやってないゲームの話も、僕が知らなかろうがペラペラと話します。実は半分くらい聞き流しているのですが、僕の場合は、そういうふうに、内容を知らない人に映画やゲームの話ができません…

知らない人には、かなり前提的なことから話さないといけないじゃないですか。あらすじとか、ゲームのルールとか仕組みとか。そういうのを話すところから始めないといけないのが面倒で、いちばん盛り上がったあの部分!ラストシーン!裏話!制作秘話!そういうのをワイワイ話したいのであって、もし内容を知らない人に前提的なことから話してそこにたどり着いたとしても、「へぇ、」としか思われないのはちょっと嫌だ。嫌だと言っても、へぇとしか思わないものはへぇとしか思わないものだとわかってるので、僕は彼らを責めない。僕が彼らの立場でも「へぇ」としか思わないだろうし、現に僕は恋人の話を半分聞き流している。なので僕は内容を全部知ってる人としか趣味の話はしたくない。

 

そうなると、ひとりで僕しか知らない映画を見ても、本や漫画を読んでも、ゲームをしても、あんまり意味がないんだよなぁ…と思ってしまう。

じゃあ恋人が最近プレイしているゲームをやれば語り合えるのか?といえばそれもまた…。ゲームの好みが違いすぎて(というかハイレベルすぎて僕にはできそうにない)、あまりやる気がわかない。

みんなで僕ん家に集まって、お菓子食べながらマリオカートしたりズートピア見たりしようよ、って思うけど平日の日中である。みんな大人になったんだなあと思いながら、横になって猫をなでている。

 

とりあえず週刊ジャンプは惰性で読めるので読もうと思う。

その後は…なんか…ナノブロックで遊んだり物を作ったりして日々を過ごそうかな。