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「東北で良かった」発言と、僕のばあちゃんの闇

真面目な話をします🤔

 

今村復興相が、震災が起きたのが(首都圏ではなく)東北で良かった、と言った旨が非難され、話題になっているところですね。

僕も、「首都圏だと経済損失が今より大きかったと言いたかったにしても、「良かった」なんて言葉のチョイスはあまりにも不適切だし、良くはねーよって感じだし、思いやりに欠けすぎている」と批判的な気持ちを持っていますが、それはさておきこのニュースでふと思い出したのが震災当時の祖母の発言でした。

 

僕の家系は先祖代々から沖縄県民で(遠く遡ればシンガポールの血も混じってるけどどうでもいいですね)、僕の祖父母世代は沖縄戦経験者です。

僕はめちゃくちゃ左翼思想なんですけど、左翼思想になったのは祖父が亡くなってからです。それまでは沖縄県内の小中学校にありがちな平和教育に辟易としており、祖父が亡くなる前までは、「そりゃあ戦争は体験しないに越したことはないけど、避けられない時は避けられないし、悪い国がいる限りは戦争が必要悪になることもある」という考えでした。

祖父は70代になったばかりで亡くなるというそこそこの早死にでしたが、死因は栄養失調でした。祖父は大変太っていたので、かなり疑問に思ったのを覚えています。

亡くなったのが僕が中学生のころだったので詳しく医学的なことは聞かされませんでしたが、要点だけを聞くと、戦時中にお腹に受けた鉄砲玉が体内に残っており、老後に限らず、戦後からずっと、栄養がうまく回っていなかったそうです。祖父は大食いでとても太ってましたが、年をとって、咀嚼が下手になったり内臓の機能が落ちたりしてきてから、この「鉄砲玉のせいで栄養がうまく回らない」ことの弊害が表れてきたのかと思います。

それだけでも僕が戦争ってやだな~と思うには充分でしたが、それよりも怖かったのは、祖父の体調不良にともなってあらわれてきた戦争トラウマ(PTSD)でした。戦争トラウマは全世界の戦争体験者に頻繁に起こるPTSDですが、祖父も亡くなる直前まで、PTSDによる酷いフラッシュバックに苦しめられました。

晩年の祖父には周りの景色が戦場に見え、家族である妻や子どもたちや孫たちが、みんな敵に見えてしまい、毎日叫び声や怒鳴り声をあげ、本気の力で殴りかかってくるようになりました。なので僕たち孫は、祖父に会いに行くことを禁止されました。一度だけ祖父のその姿を見たことがありますが、「これが老人かよ」という力で暴れ、「お前ら殺してやる!」という内容のことを方言で大声で喚き、伯父たちや父親といった複数人の大人の男性が力ずくでもやっとという感じで押さえ込み、祖母と母は泣き、といった地獄絵図のような風景に戸惑い、僕のほうがトラウマになるかと思いました(実際トラウマになってます)。

それ以降、母が、もうおじいちゃんのお見舞いに行くのやめようねと言った時にも迷いなく承諾し、3~4ヶ月ほど会わないでいた後に亡くなりました。亡くなった直前まで病院で同じようにPTSDを発症していたので、僕たち孫は看取りに行かせてもらえませんでした。

優しかった祖父が…と悲しくなったのはもちろん、祖父自身が穏やかな死に方ではなかったこと……家族に見守られて逝ったのに本人の脳内は戦場にあり、敵に囲まれながら死んでしまったということが悲しくて仕方がなかったです。戦争はとうの昔に終わったのに、こんな平成の世に戦場でひとりで、戦後の幸せな思い出を何一つ思い出せないまま死んでしまった祖父の寂しさや恐怖を思うと、とてもじゃないけど口が裂けても「戦争は必要悪」とは言えなくなってしまい、僕は左翼になりました。

 

本題に戻るんですが、僕ですらそうなので、戦争体験者であり、かつ夫が戦争のせいでこんなふうにしか死ねなかったことに怒りを感じている祖母はそうとうな思想の偏りがあります。

これから、本土に住むかたに「沖縄の老人っていやな性格してるな」と思われても仕方がないことを書きますが、飽くまでも僕の祖母の場合として思ってほしいです。

 

祖母は、祖父が亡くなる前から「ないちゃー(本土のひと)」がそこそこ嫌いでした。本土の日本人のせいで戦争が起き、沖縄がそれに巻き込まれたという考えで、まあそう思っている沖縄のご老人は少なくないかもしれません。でもそれはそんな大きな恨みではなくて悪いのは政治家と軍人だったという意識はあり、2人の娘(僕から見て伯母)が本土の男性と結婚することを許し、伯母たちが本土で暮らすことにも、まったく反対していませんでした。

ですが祖父が亡くなってから、祖母はかなりおかしくなってしまい、本土への恨み節が強くなり、テレビを見ていても政治ニュースだけでなくバラエティなどでも本土の人に文句を言うようになりました。どんな面白い話からも絶対沖縄戦に関連付け、「本土人は許せない」と言います。こじつけに近いので、はいはいといつもは流します。

 

そんな様子だった祖母は、東北大震災があった時に、「良かったね」と言いました。その文脈は、今回の今村復興相とはまったく違います。「本土に罰が当たったんだ。良かった」と言っていました。

僕には東北にも友だちがいたし、関東にも被害がありましたがその関東には祖母の娘である伯母たちも住んでるし、僕の妹はちょうど災害時に東京に修学旅行に行っていて、電波障害で連絡が取れなくなっていた時でした。

僕は祖母が「大震災があって良かった」と言ったのを聞いて、かなりギョッとしましたし、なんとなく精神的ダメージを受けました。東北・関東の友だちや親戚や妹、また亡くなってしまった見ず知らずの人のために怒りも湧きました。一緒にいた母がすぐに祖母の発言を叱りましたが、祖母は反省する様子がなく、「だって本土人はあんなに沖縄県民を殺したのに…。その分本土人が死んで元が取れる」とブツブツ言っていました。

そういうふうに考える祖母はどう考えてもおかしいし何も正しくないのですが、左翼思想の僕は「戦争が祖母をこんなふうにしてしまった」とやはり戦争のせいだと思っています。

震災で誰かが亡くなり本土に大きな被害があっても、沖縄戦とは何も関係がないです。それでも「本土で大震災があって(人が亡くなって)良かった」と言う祖母の狂った思考回路は…何がどうしてそういう考えになってしまうのか…どうしてばあちゃんはそんなことを言ってしまうのか…と原因を想像するのは、まぁ簡単なことですよね。

祖母にはこの件でかなり腹が立ちましたが、そういうドライな感情になってしまった鬼畜のような祖母を思うと、悲しくもあります。余談なんですが祖母はキリスト教徒ですが、神様にお祈りする時に時々、本土の不幸を祈っています(僕も同じくキリスト教徒なんですが、キリスト教としてその祈りはもちろん間違っています)

 

今回のニュースで、この時の祖母の発言を思い出したのでブログに書いておこうと思いました。あの時、「震災が起こって良かった」と言った祖母は、今村復興相の発言やそれが叩かれている様子を受けて何を思うのか?…と思ったのですが、祖母は最近から認知症を発症してしまい、あまりテレビや新聞を見ていないのでこのニュースを知らないと思います。

まあまあ、文脈も、発言に至る背景も、彼と祖母とでは全く違うのですが、どちらも許せる発言ではないですね。震災なんて、起きなくて済むものならどこにも起こらないでほしいものです。

夢日記 4月23日

夢を見て、深夜3時半に自分の泣き声で起きた。怖い夢はたくさん見てきたけど、こんなにも後味の悪い夢は今日のが1番だった。

 

前提としての現実での話。僕は高校時代にある男性と付き合っていたのだけど、まあ色々あって別れました。別れる時に色々ゴタゴタしてしまって、彼はちょっとしたストーカーみたいになってしまい、毎日大量のメールと電話(メールや電話を着信拒否しても、別の友人の携帯や公衆電話からかかってくる)に悩まされ、時には高校の前で複数の仲間を連れて待ち伏せされ、高校卒業まで親に送迎されなければ帰れないという状況になったりもしたので、数年間はひどいトラウマになりました。

僕も悪いところがあるといえばあったんだけど…まあそういうのは置いておいて。最近マイナス思考になっているので、いまになってまた彼が僕に復讐しにくるんじゃないか、またどこからか僕を殺すチャンスをうかがっているのではないか、という気持ちが湧いてきているというのもあり、たぶんそれで今日の夢を見ました。

 

 

今日の夢はどのシーンから始まったのか知らないけど、覚えてるのは昔の彼氏に襲われるシーンから。どこか知らない、小屋みたいなところで夜に襲われた。彼は刃物を持っていて、僕は必死の抵抗の上、はずみで逆に彼を殺害してしまう。

僕はその時、自首しようと思わなかった。世帯を持っていたし、逮捕されたくなかった。隠せるものなら隠し通したかったので、死体を隠蔽することにした。どうやって隠したかは忘れたけど、割と完璧に隠せてしまい、数日穏やかに過ごした。穏やかな日々だったけど、人を殺してしまっているので内心、かなりの憂鬱だった。

 

別日に、知らない番号から電話が入った。警察にバレてしまったかとドキドキしたが、バレたのならもう捕まろうと思って、電話に出た。

電話の相手は彼の父親だった。彼は律儀にも、僕を襲う前に僕のところに行くと父親に言っていたらしい。たぶん、僕を殺すとは言ってないけど、彼も捕まる予定で父親に別れを言うつもりで行き先を告げたのかと思う。

僕は彼の父親に正直に話そうと思い、会って話しましょうと電話で伝えた。その後、彼の家に行き、付き合っていたころからのいざこざと、彼に襲われたこと、正当防衛で殺してしまったこと、この話のあと自首しようと思っていることを話した。

すると大人しく聞いていた父親は怒りで豹変し、その状況で自首されたら僕の刑罰は軽くなるはずだと言い、それだと死んだ息子が浮かばれないからここで俺が殺してやると僕を襲ってきた。

首を絞めに来られたのだけど、僕はまた抵抗の末にこのひとを突き飛ばしてしまって、家具の角に当たって打ちどころが悪く、彼の父親も殺してしまった。

この日僕は、話し合いが怖かったので、事情は説明しないまま自分の父親に彼の家まで送迎してもらっていた。「話し合いが怖かった」というのは、襲われると予想していたからではなく、話し合いのあとそのまま通報されるか、されなくても僕がそのまま警察に出向く予定だったので、その覚悟にふんぎりがなかなかつかなかったことで、逮捕されることに恐怖を感じていたのだ。

僕は自首するつもりだったのに逆に2人目まで殺してしまって、パニックになった。パニックになってしまったので、何故か自分の父親に携帯で電話して、彼の家の中まで呼んだ。

僕の父は、予想外の殺人現場に出くわしてしまってたいそう驚いていたが、僕は錯乱していて状況を一切説明することができなかった。兎にも角にも、警察に電話してくれ警察に電話してくれと喚いていたが、自分で通報する勇気がなかったので自分ではできなかった。

父は僕をなだめて、何があったのか聞いたけど、僕はまったく落ち着かなかったので、「首を絞められたので苦しくて跳ね除けたら、跳ね除けた先に家具の角があって打ちどころが悪く死んだ」という部分だけを説明するのがやっとだった。どうして首を絞められたのかまで言わなければならなかったのに僕はそこしか言わなかったものだから、父は完全に僕に非のない・急に襲われた末のただの正当防衛だと思い、僕の味方をするという思考におちいった。

それで父は遺体を運んで車に乗せ、夜中に、とある公園のそこそこ深くなっている池に遺体を捨てた。僕も一緒についていった。二度目の殺害・死体遺棄だし、今回は父親も共犯なので、もう自首できないと思った。僕がこの件まで話すと、父まで捕まってしまう。実家にはまだ高校生の弟もいる。母は専業主婦だ。父が捕まってしまい、職を失うのは駄目だと思った。

 

そのため、自首しないまままた数日がたった。この頃には完全に心が死んでいた。日常生活を送っていても、何も心に響いてこなかった。毎日を上の空で過ごした。死体遺棄がバレないかということだけが心配でしかたなくて他のことは何も考えられず、笑顔をつくることもできなかった。

長い期間がたったある日、何かしら、大勢で集まる機会があった。なんの集まりだったかわからないが、親族が集まっていた。来てないのは僕のすぐ下の妹だけだった。あいつは現実でもこういう集まりには来ない。

親族の集まりはいつも決まっておばあちゃん家に集まるはずなんだけど、この日は何かのお祝いだかなんだかでレストランの半分を貸切状態にしていた。

楽しげに会が進むがこの日も僕は上の空だった。その時、ある中年女性のウエイトレスに声をかけられ、なんていう内容だったのか、僕は上の空だったから全然その女性の言ってることを聞いてなかったのだけど、なんかついてくるよう促されたので、ぼんやりしたままその女性についていった。

調理準備室?みたいな、誰もいない一室に連れてこられ、「あんたが息子と夫を殺したんだろ」と言われた。それで僕はその女性が昔の彼氏の母親だと気づき、意識がはっきりした。そこにはもう1人男性がいた。昔の彼氏と顔が似ている青年だった。たぶん彼の兄だ。従業員の格好はしておらず、普段着で、その青年もどこか上の空だった。母親が激昂していても無関心の様子だった。無理やりこの場に連れてこられた感じがある。

女性は、息子と旦那がいなくなったあとに色々としらみつぶしに彼らの知人などをあたっていたらしい。でもどうにも行方がわからず、途方に暮れていた。2人が行方不明になってから数ヶ月がたっていて、警察にも捜索依頼を出していたが、もしかしたら亡くなっている可能性もあると言われ、そう言われたことから「誰かに殺されたんだ」と思い込んだそうだ(思い込みではなく事実だが)

自身でも心当たりをあたっている途中で、彼の兄から、昔付き合っていた人には聞いてみたのかと言われたらしい。兄は僕たちがこじらせた末に喧嘩別れしたことを知っていた(現実では彼には姉しかいなかったはずだがまあ夢なので)

僕らが過去に喧嘩別れしていたと聞いて、彼の母親は僕が殺したんだと直感したらしい。そういうようなことをべらべらと話した。

僕はそれに対して、「すべて事実です、僕が2人を殺しました」と言った。するとその瞬間に、女性が喚きながら調理包丁をもって僕に襲いかかってきた。こんなところに呼び出された時点でこうなるだろうなとは予想していたので僕はここで死ぬつもりだったけど、土壇場に死ぬことへの恐怖が湧いてきてしまって、またもや抵抗してしまった。

女性が大声を出していたので、人が集まってきた。人が集まってきたその瞬間に、僕は女性を刺し殺してしまっていた。複数名の人にその瞬間を見られているし、もう今までのようにのがれることはできなかった。そのまま警察に通報された。この間、ずっと僕は心が無だった。

警察が到着する前に、レストランの従業員に取り押さえられながら玄関のほうまで引きずられた。その場面を、親戚中が目撃して、何事なのかと喚いている。父は何かしらを察して無表情で何も言わなかった。母はいちばんパニックになっていて、従業員に僕を離すよう叫んでいた。

2番目の妹が最初に僕のそばに駆け寄ってきた。ずっと無表情で無気力だった僕は、駆け寄ってきた妹に、「こんなことを言うのは申し訳ないと思っているけど、〇〇(1番目の妹)は滅多に実家には帰ってこないから、お前がしっかりして、家族を見ていてほしい。弟や母さんのことも面倒見てほしい。彼氏と一緒に東京に住むって言ってたけど…ごめんだけど家にいてほしい。お願いだから…。本当にごめん」と伝えた。とっさに口に出た言葉だけど、父も後々捕まる予感があったのかもしれない。妹は心配そうな顔をしながらもうなずいてくれた。

次に父と母がそばに来た。僕はある女性を殺してしまったと両親に言い、父には、被害者の息子がいるので注意して見ていてほしいと言った。復讐一家だと思ったので、彼の兄も何かしらするのではないかと僕は警戒していた。だけど青年は母親が目の前で殺されたのに無関心そうだった。僕の父はこの青年を睨んだが、青年はその視線に気づいて、「俺はどうでもいいんで」と言った。

 

警察が到着し、僕はパトカーで連れていかれた。取り調べがあったが、僕は何も話さなかった。2人目を殺害した時に父が関わっていることを言うべきか言わないべきかで悩んでいたので、黙秘していた。ドラマでよく見るような乱暴な取り調べではなく、刑事さんは穏やかだった。もしかしたら、調査のなかで彼の兄が母親殺害についての流れは話してるのかもしれない。そしたら僕は正当防衛だって警察側はわかっている。それでも僕が何も言わないのは、精神的ショックを受けていると思っているのかなんなのか……

 

現実での逮捕後の流れはよくわからないのだけど、僕は警察監視下のもと、一時釈放になった。ほんとうに一時的なもので、数日後にまた取り調べと留置がおこなわれることになっていた。

僕が警察署にいるあいだに、家宅捜索がおこなわれていたようで、(これも現実ではどうかわからないけど)警察署で預かっていた物を全部受け取ってから一旦帰るよう言われた。

現実では僕は結婚していて家には配偶者がいるのだけど、夢の中では、結婚しているのに僕はひとり暮らしをしているという設定だった。単身赴任なのか?僕が逮捕されても面会に来なかった(そもそも最初の取り調べの段階ではまだ留置されてなかったので面会時間は取られなかったけど)

 

家宅捜索で押収されたものの中に、飼い猫が2匹いた。ケージに入れられて、身を固めていた。婦警さんか、警察事務だかの女性が案内してくれたのだが、「留置までに、面倒をみてくれるひとを探してね」と言われた。

僕はすぐに2匹の猫をケージから出して、抱き上げた。ずっと無気力で無感情で、逮捕された悲しみも絶望も何もなかったけど、猫を抱き上げた瞬間にブワッと涙が溢れて、猫たちに「ごめんね」と謝った。「ごめんね」を繰り返すうちに、やっぱり留置所に入りたくないという気持ちも湧いてきて、これから、自分は、猫は、自分の家族は、父は、実家家族は、どうなるんだろうと思いながら、「いやだ、いやだ」と号泣した。

 

「ごめん」と「いやだ」を繰り返しながら泣いている自分の声で目が覚めた。

何も解決してないし、本当に後味が悪いだけの夢だったと思う。

4時前に起きて、もう5時半になるというのにまだ泣いている。しばらく、あれが本当に夢だったのかと疑った。逮捕と、逮捕につながった女性の殺害は夢だけど、昔の彼氏と彼の父親を殺したところまでは現実かもしれないと思った。

でも起きてから1時間以上たって、意識がハッキリしてきてようやく、全部夢だと納得した。

もう二度と見たくない部類の夢だったな。お腹がすいてきた。

 

夢日記 4月11日

前回見た夢もそうだったけど、また大勢で人が集まってパーティー的なことをする夢を見た。

人恋しいのだろか。

前はちょっぴし怖い夢だったけど、今日は怖くなかった。意味はわからなかった。

大学の卒業パーティーのようだった。でも中学時代の友人もいた。大学の卒業パーティーってふつう、学科ごとにやると思うのだけど、全学部全生徒でやっていた。

とてつもなく広く、綺麗だけど殺風景な空間に、ドレスコードした若者が集まっていた。壁だけ、飾りとして綺麗な芸術作品がディスプレイされていて、盗難防止かいたずら防止なのか、ガラスで閉じていた。ネジ?は特別な留め具でできていたが、何名かの男女が無理やりこじ開けようとしていた。

話しかけたわけではないが、彼らのそばを通ると、「工学部にバラせないものはない」と言っていた(夢とはいえども、我ながら工学部生に随分低俗なことを言わせてしまったなと反省している)

 

僕はひとりで歩いていて、友人を見つける度に積極的に話しかけ、語り合ったあとはまたひとり離れて次に語り合うべき友人を探して歩き回っていた。みんなは特定のグループで固まっていて、僕の寂しい人間っぷりを感じた。

 

途中で、サークルの後輩に会った。夢の中ではほとんど話したことのない、随分下の学年の女の子だった(現実にはいない子だったと思う)。ほとんど話したことはないが、サークルで顔と名前は知ってるので話しかけた。彼女はもちろん卒業しないが、先輩達にお別れを言いに来たと言った。彼女以外にも、何名かそういう下級生はいた。

 

彼女もひとりだったので、しばらく話しながら一緒に会場を歩いた。壁の芸術作品を見ながら、彼女は「きれい」とうっとりしていた。

余談だが僕は大学生時代、映画を観たり作ったりするサークルに所属していた。彼女は芸術作品を見て、「わたし、こういうの撮りたかったんです」と言った。

「この作品をうつすの?」と聞いたら、「そうじゃなくて、この作品の雰囲気のような感じの映像を」と言われた。そりゃそうだ。

「私の場合、ストーリーは二の次なんですけど、映像として美しい、キラキラしたものを撮りたいんです」と言っていた。僕もだいたいそういうタイプだったので、わかるよとだけ言った。でも、ストーリーがないと映画は面白くないということにも、もう気づいていた。

いつの間にか僕はその子と手を繋いで歩いていた。

 

2人で手を繋ぎながら、どうでもいい話や映画の話をしながら壁際をゆっくり歩いていたけど、目の前に階段があり、階段の真ん中あたりに父親が座っているのに気づいた。

僕はこの女の子と手を繋いでいるところを父に見られるのが恥ずかしいと思った。その瞬間にはもうその女の子は消えていた。僕はそのことを気にも止めずに、階段を上がって父の隣まで行った。

僕がもう帰るから、迎えに来てもらうために父を呼んだということになっていた。階段は外に通じる階段だった。

父は携帯電話を見て難しい顔をしながらも僕に気づき、「もう帰るのか、まだ8時だよ」と聞いた。

うん、帰る。と言ったら、父は苦笑いして、「〇〇(妹)にも、バイト終わったら迎えに来てと頼まれてるんだけど、〇〇のバイトは11時に終わるって。お前もそれくらいに帰るかと思って、いいよと言ってしまった」と言った。

妹のバイト先は会場から近い飲食店だった。家は結構遠い。妹を待って一緒に帰ったほうが、父は負担ではないだろう。僕はいつの間にか帰りたい気持ちになっていたけど、そういう事情なら仕方ないのでもう少しいようかなと思った。

じゃあもうちょっとぶらぶらしてくるから、と父を残して階段をおりた。

 

3時間ほど時間を潰さないといけないはずなんだけど、僕は階段から近いところをぐるっと回っただけでまたすぐに父のところに戻ってしまった。かなり帰りたかった。

戻ると、父は僕の友人に囲まれていた。「やしちのお父さんですよね、」とか言われて。全員女の子だった(しかもあまり遊ばないタイプの、派手めな)

僕はその空間に行くのを少しためらったけど、父の近くに行き、座った。父は若い女の子たちに囲まれて、少し嬉しそうにしていた。友人たちはドリンクを持っていたし、ドレスだし、ちょっとキャバクラじみた光景に動揺して、座ったはいいものの僕は落ち着かなかった。女友達は、卒業するっていうもんだから、父から社会のことを聞いていた。会社勤めってどうですか、大変ですよね、えー!?課長なんですか?すごーい、みたいな。父は得意げに社会の厳しさを語っていた。下心は無さそうで、単純に若い女の子に褒められて嬉しいようだった。

僕はそんな父を見ながら黙っていた。女友達がたまに僕にも話しかけたけど、うん、とかしか言わなかった。

父の仕事の話は、僕が聞いていても面白かった。今まで自分の父親の仕事の話をじっくりと聞いたことはなかった。あれに苦労してる、これを努力している、自分がこう改善した、ここにやりがいがある……と聞いていると、父が立派な人のように思えた。

 

しばらくすると、父の携帯電話のメール音が鳴った。妹のバイトが終わったらしい。そしたら3時間もこういう会話をしていたことになるが、夢の中なので時間感覚は適当だった。

父は、妹を迎えにいくから待ってろと僕に言って、階段をのぼった。入れ違いで、サークルの先輩が来た。先輩は卒業していたが、例のサークルの後輩同様、卒業する僕たちにお祝いを言いに来たのだ。(彼は、後輩女子と違い現実に存在する先輩だった)

先輩は男性だったが、何故かエメラルドグリーンの、胸元が大きめに開いたドレスを着ていたので笑ってしまった。元々線の細い、顔もキレイめな人だったので、似合わなくはなかった(でもまあ普通に肩や胸元に柔らかさはない)

 

まわりにいた女友達はみんなサークル外の友人だったので、先輩はとりあえず僕にだけ話しかけた。オタク系?というか少し地味系のわりに、フェミニストを演じている人なので、「可愛い女の子がたくさんだね~」みたいなことを言いながら、僕の隣ではなく他の女友達の隣に座った。

「何してたの?」と先輩が言うと、女友達が「やしちのお父さんがいてぇ、社会のお話聞いてました~」と言った。みんな、先輩のドレス姿にクスクス笑っている。

現実でもそうなのだけど、先輩は僕の父と面識がある。なので、「えっ!やしちのお父さん来てたの!?」と、ギョッとした顔をして身を伏せ、キョロキョロした。まあこんな格好してるし、見られたくもないだろう。

身を伏せた時に、先輩のドレスがたゆんで胸が見えた。今度は僕がギョッとしたのだけど、先輩にはおっぱいがあった(ちなみにノーブラだった)

「先輩、お、おっぱいがついてますよ」と僕は焦りながら言った。そう言われて先輩も焦ってしまって、「は、はぁ?お、おおおおっぱいなんて無いよ」と言って、姿勢を正した。「俺におっぱいついてるわけないだろ」と言いながらも慌てていて、「ほかの後輩探してくるね」といそいそと立ち上がり、階段を降りていった。何だったんだろう。

 

先輩が去った後、女友達がちらほらと散らばっていって、少人数の女の子だけが残った。僕とよく話すほうの子だけが残ったので、僕は安心して友人たちと会話をした。

話してる途中で友人のひとりが、「あっ」と上のほうを見たので、つられて階段の上のほうを見ると、同じ学科の女友達が、おそらく彼女の父親?と並んで何かをしていた。

女友達も彼女の父親らしき中年男性も、ドラキュラのような格好をしていた。ふたりとも、タキシードにマントをはおり金色の蝶ネクタイをしていて、よくよく見たら口に牙がある。

ふたりはマントを羽ばたかせ、飛ぶ練習をしていた。父親は飛べるが、女友達は飛べていなかった。

僕達は階段を上がり、ドラキュラの格好をした女友達に、「何やってるの?」と聞いた。

彼女の話を聞くと、彼女は卒業後、父の家業を継ぐので、いま父から仕事のやり方を教わっていると言った。なんの仕事かはハッキリ言わなかったけど、まあだいたい察した。どうして今なのかはわからなかったけど、まあ…こんなに人が集まってる時だし、と何となく察した。

 

女友達たちはあまり疑問を感じなかったようで、「やしちのお父さんからも仕事の話聞いてたんだ。〇〇はお父さんの仕事継ぐんだ?もう練習してるんだね、すごいね」「私なんて就活失敗したからしばらくフリーターで~」とか何とか言っていた。

話してる途中で、会場の外からワイバーンのような、翼の生えた悪魔が入ってきた(意味がわからない)

僕らのいた階段の上は入口付近だった。僕たちは突然の悪魔の登場にパニックした。

悪魔は僕らには目もくれず、階段の下の方に向かって飛んでいった。下には人がたくさんいる。ほどなくして、人々の悲鳴が聞こえた。

 

僕はここでようやく、地下のほうに恋人がいることを思い出した。父親が迎えにくるはずなんだけど、「恋人と一緒に帰る約束をしていて、恋人が地下駐車場で待っていたんだった!」と思い出した。

 

悪魔が下に降りていったので、恋人が心配だった。地下駐車場は、人々が集まってパーティーしているフロアのさらに2階下にある。

この建物は階段しかなく、僕は悪魔が降りていった階段をそのまま降りていくしかなかった。

パーティーフロアは大荒れに荒れていて、さっきの悪魔が一匹、天井近くを飛び回りながら時々おりてきては人を襲っていた。

僕はそんな様子をほっといて、さらに2階下まで階段を降りた。

地下駐車場に出る出口の自動ドアの前で、壁にもたれかかって恋人はスマホゲームをしていた。上のフロアの騒動には気づいてないみたいだった。

「いつから待ってた?」と聞くと、「けっこう前」と言われた。「暇だったから、ひとつ上の階のショップで、お前に似合いそうな靴を買っておいた」と言って、恋人はショップ袋を僕に渡した。

気づいたら僕は裸足だった。僕はすぐに袋を開け、買ってもらった靴をはいた。壁に埋め込まれてるタイプの鏡があったので、靴を履いたあとに鏡を見てみた。なぜだかわからないけど僕は、サークルの男の先輩が来ていたのとまったく同じ、エメラルドグリーンのドレスを着ていた。買ってもらった靴は、低めのヒールの、銀色のパンプスだった。

「???」と思ったが、恋人が「もう帰ろう」と言って駐車場に向かったので、そのままついていった。

恋人の車に乗り、僕は父に、もう迎えに来なくて大丈夫だからと電話した。

地下駐車場から車を出し、建物をあとにする。僕は助手席だったので、窓を開けて振り返ると、会場からたくさんの人が慌てたようにワラワラと出てきていた。悪魔も会場から出てきて、出口に飛び出していく人々を襲っていた。

恋人は運転して前を向いているので最後まで気がつかなかった。

 

僕は前に向き直って、恋人に、「どうして銀色の靴なんて買ったの。派手だよ」と言った。恋人は、「悪魔みたいな色でいい感じじゃん?」と笑った。

さっきの悪魔は、確かに、グレーに近い銀色をしていた。

 

夢日記 4月7日

体調が悪いと悪夢を見やすい。僕は最近、よく変な夢を見る。他人の夢の話はつまらないかもしれないが、面白いと自分で思ったものは備忘録的に記録をつけたいので夢日記を書くことにした。

ここに書ける範囲の夢を見たらここに書きたいと思う(よく、プライベートな夢も見るのでそれは書かない)

 

何やら大宴会をしていた。お店ではなく、誰かの家だったがやたら広かった。

大学時代のサークルの先輩から話したこともない後輩までもいたが、別にサークルの集まりというわけではなく、全然知らない人もたくさんいた。お笑い芸人の鳥居みゆきもいた。僕は現実ではコミュ障だけど、この宴会ではいろんな人に話しかけまくっていた。

みんなでお酒を飲みながらテレビを見たり話したりしていた。僕もたくさんお酒を飲んでベロベロに酔っていた。

 

この中にひとりだけ、小学校低学年くらいの幼女がいた。僕の妹という設定らしかったが、僕の妹はもうとっくに小学生ではないし、小学生時代の妹とも全然似てなかった。現実では全く知らない女の子だったが、夢の中の僕は妹だと認識していた。

現実世界での妹もいた。それを妹Aとして、見知らぬ妹を妹Xとする。

妹Aは、まわりが大人だらけで遊び相手のいない妹Xにずっと付いていた。妹Xは斬新なおもちゃ?を持っていた。

 

水槽にしてはかなり大きい…棺桶よりはふた周りほど小さく、棺桶よりは高さのあるくらいの大きさの水槽を持っていた。しかしどの面もピッタリとプラスチック板で閉じられていて、空気が入りそうなところはない。水はいっぱいいっぱい入っている。中にはウミガメが1匹泳いでいる。

箱の面の一面をはがすと、水が溢れてくるのではなく、箱の形のままだった。水はジェルでできていた。妹Xは小さいのでそのジェルの中に入り、ウミガメと泳いで遊んだ。どうやらこのジェルには空気が通うらしかった。

僕は宴会の場にいながら、たまにこの水槽が気になって、「これはどういう仕組みなんだー?」と水槽の前をウロウロしながらジェルをつついたりしていた。大人が入ると狭いくらいの大きさだったので、妹Xのようには中には入れなかった。

 

妹たちをほっといてまた宴会でしばらく遊んだ後、妹たちの様子を見に別部屋に行くと、水槽が増えていた。6つか8つくらいになっていた。

砂をしいてカレイのいる水槽、岩場をしいてイソギンチャクに擬態してるようなヒラヒラした動きの少ない魚がいる水槽、タコとイカがいる水槽など、様々だった。

妹Xはこの時どの水槽にも入っていなくて、水槽から目を離して妹Aとのおしゃべりに夢中になっていた。

僕は水槽をゆっくり眺めた。1番端の水槽が、岩場がたくさん敷き詰められていてなんだかゴチャゴチャしていた。土煙が上がっていたので、なんだろうと思って、しゃがんで見てみた。

見ると、見たこともない生き物が岩を削っている。

大型のネコ科…ヒョウに近いフォルムなのだけど、足がワシみたいな?肉食鳥の足だった。するどい爪があり、それで岩を削っている。体は白くて、黒の大きめのまだら模様がある。ツヤのある犬のような毛並みにも見えたし、鳥の体の部分にも見えたし、かなり細かいウロコで覆われているようにも見えた。要はちょっとツルツルだった。頭にはトサカのような…トサカにしてはもっと大きくて、赤くて薄いヒラヒラしたものが何弁にも重なっていた。顔は鳥っぽかった。クチバシのような部分があるけどかなり短い。

それが2匹いた。普通の魚もいたが、この謎の生き物から遠ざかるように泳いでいた。

 

僕は「なんだこいつ!」と思って、興奮して妹Xに声をかけた。端っこの水槽に、見たことがない鳥みたいな魚?がいるんだけど、あれは何?と聞いた。

妹Xは、「えー?なにそれ?知らないよ」と言って、端っこの水槽を見に行った。

僕も妹Xについて再び水槽の前に戻るが、さっきの生き物は2匹ともいなくなっていた。「鳥みたいな魚なんていないじゃん」と言われた。「酔っ払ってるから、変なものでも見えたんじゃないの」と言われるが、ハッキリ見たので解せない。

酔っていても絶対に見たと言い張ると、妹Xは、「ここは岩が多いから、岩の隙間とか裏側とかに隠れちゃったかもしれない」と取り合ってくれた。そんなところに隠れられるような大きさではなかったのだが、水槽に入って見てきてくれると言うので、行ってもらった。

そんなに広い水槽でもないし、割とすぐに戻ってきた。

やっぱりいないよ、と言う。妹Aもずっとそばでこの話を聞いていたが、水槽に顔を突っ込んでみていた。(妹Aも大人なので、体全部は入れない)

「何もいないねー」と言う。2人にも言われると僕は自信がなくなってきて、「あ、じゃあもういいです…」と言って宴会に戻った。

 

またしばらく宴会で酒を飲んだりしゃべったりして、妹たちの様子を見に戻った。

すると、妹Xの様子がなんだかおかしい。様子?というか、雰囲気がおかしい。いつもと違う気がする。僕に気づいてこちらを見て笑うが、何か不気味な笑顔だった。張り付けたような、取ってつけたような、作り物みたいな笑顔だった。心なしか顔色が真っ白な気がする。人の顔だが、人間じゃないような感じがして寒気がした。それに、何も話さない。まあ僕もこの変な雰囲気におされて、妹Xに何も言えなかったのだけど。

妹Xが変だよ、と言おうと思って、妹Aを探した。振り返ったらそんなに遠くないところにいたのだけど、宴会に来ていた知らない男と体を絡めあって、深いキスをしていた。妹Aはそういうことをするタイプではない。僕は、えっ、と思って、ラブシーン中の妹Aの名前を呼んだ。

名前を呼ばれて、妹Aは顔だけをこちらに向けた。見知らぬ男もいっしょにこちらを向く。2人とも、妹Xと同じ、奇妙な笑顔を浮かべていた。同じような、ではなくて、妹Xの顔と全く同じだった。男のほうも。

ここまでくると、「なんかなんとなく変だ」じゃなくて、「変だ」が確信になって、怖くて怖くて吐き気がした。

すぐにみんなの所に走って戻りたかったけど、背を向けたらダメな気がして、ゆっくり後ずさりした。

そうしたら、妹Aが男から離れてゆっくり僕に近づいてくる。怖すぎて身がすくんで、僕は動けなくなってしまった。

妹Aが僕を指さすように手を前に差し出した。鳥の足みたいな形で、爪が鋭かった。

あ、死ぬな、と思った時に、例の笑顔を浮かべたまま妹Aが言葉を発した。

「擬態する」と聞こえたが、同時にいろんな言語が発音されていた。「ミミック」とも聞こえたので、擬態するという言葉をいろんな国の言語で同時に言ったのかもしれない。

 

妹Aはそのまま笑顔で、人がたくさん集まっている大部屋のほうへゆっくりと歩いていった。

その後ろを、妹Xと男もゆっくり付いていく。

行かせてはダメだと思ったが、僕はまったく動けなくなっていた。怖いと思って涙だけは出ていて、妹たちが行った方向をじっと見ていた。

数分後に、大部屋の方向から人が出てきたのだけど、またさっきとは別の男性で、あの気持ち悪い笑顔を浮かべていた。

 

というところで目が覚めた。

怖かったけど面白い夢だと思った。割とストーリーがしっかりしていて良かった。

怖い部分とは全然関係ない宴会パートも結構詳細に見たけどそれは省いた。僕の大嫌いな先輩が隣に座った時に大変不快に思ったシーンもあったよ。どうでもいいね。

 

感想を共有しないことができない

二重否定。

今後しばらく長い間お仕事が休みになった僕です。今日から家で何をしようかなぁとぼんやりしている午前9時です。とりあえず猫を撫で回しています。

 

家には、Netflixが繋がっています。僕は映画を見るのが大好きです。ポケモンもまだクリアしてません。週刊ジャンプも先週分から読んでないし、人から借りた本もまだ読んでいません。

やることはたくさんあるっぽいぞと思うのですが、イマイチやる気が出ない。

そもそも2月もまるまる1ヶ月休んだのにほぼ寝て過ごしたので、今後の生活もお察しである。

 

暇なわけではないけれど、気力が湧かないのです。Twitterを眺めても、みんな学校やお仕事がんばってるから人がいない。映画や漫画やゲームや読書はなんでやる気がわかないんだろかなあ、趣味なのになあ。まだ洗濯物を干していた方がマシというレベル。できれば散歩がしたいのだけど、外出は基本的に禁止だ。

 

なんで…どうして趣味が楽しくなくなったのか。と考えて、思い当たることがある。

映画や読書やゲームは、元々昔から趣味ではあるが、昔から、それらは誰かと感想を共有することを前提におこなっていた。

どれもひとりでできる趣味だけれども、映画は同じ映画を見た友人と語り合いたいし、読書もゲームもひとりでしたとしても、同じ本を読んだ・同じゲームをした友人と語り合いたい。インターネットの掲示板やSNSで話すんではなく、誰かと面と向かって、どうでもいい話も交えながらその場で趣味の感想を共有したいのだ。要は、おしゃべりすることが大前提である。

 

散歩や猫と遊ぶのも趣味だけれども、それらは特に共有すべき感想がない。「いい天気で気持ちがいいなあ」とか、「猫が可愛いなあ」とか思うのを誰かと共有する意味は無いと思っている。僕は鉱物も好きなのだけど、鉱物も同様だ。

映画、読書、ゲームも鑑賞中はひとりで楽しめるもの。散歩や猫や鉱物もひとりで楽しめるもの。だけど前者と後者の間には僕の中では明確な違いがあり、誰かと感想(レビュー)を共有できない前者の趣味はあまりやっても意味がないのである。。。

 

僕の恋人は、基本的になんでもひとりでやるんですが、僕が見てない映画や漫画や、僕がやってないゲームの話も、僕が知らなかろうがペラペラと話します。実は半分くらい聞き流しているのですが、僕の場合は、そういうふうに、内容を知らない人に映画やゲームの話ができません…

知らない人には、かなり前提的なことから話さないといけないじゃないですか。あらすじとか、ゲームのルールとか仕組みとか。そういうのを話すところから始めないといけないのが面倒で、いちばん盛り上がったあの部分!ラストシーン!裏話!制作秘話!そういうのをワイワイ話したいのであって、もし内容を知らない人に前提的なことから話してそこにたどり着いたとしても、「へぇ、」としか思われないのはちょっと嫌だ。嫌だと言っても、へぇとしか思わないものはへぇとしか思わないものだとわかってるので、僕は彼らを責めない。僕が彼らの立場でも「へぇ」としか思わないだろうし、現に僕は恋人の話を半分聞き流している。なので僕は内容を全部知ってる人としか趣味の話はしたくない。

 

そうなると、ひとりで僕しか知らない映画を見ても、本や漫画を読んでも、ゲームをしても、あんまり意味がないんだよなぁ…と思ってしまう。

じゃあ恋人が最近プレイしているゲームをやれば語り合えるのか?といえばそれもまた…。ゲームの好みが違いすぎて(というかハイレベルすぎて僕にはできそうにない)、あまりやる気がわかない。

みんなで僕ん家に集まって、お菓子食べながらマリオカートしたりズートピア見たりしようよ、って思うけど平日の日中である。みんな大人になったんだなあと思いながら、横になって猫をなでている。

 

とりあえず週刊ジャンプは惰性で読めるので読もうと思う。

その後は…なんか…ナノブロックで遊んだり物を作ったりして日々を過ごそうかな。

 

今日と明日を有意義に過ごすために。

色々なことがあって(本当に色々ややこしいことがあった)、2月はまるまる仕事を休んだ。

あさってからはいつも通り出勤する。体調は未だ万全ではないので不安もあるが、1ヶ月も休んだんだし、頑張らないといけないよなと思う。

 

そしたら今日と明日で小学生よりも長い冬休み(春休み?)が終わるわけだから、有意義に過ごしたいと考えるわけなんだけど、今日は残念ながら朝イチで憂鬱な気持ちになってしまい、昼になってもまだ気分が上がらないのでどうしようかと悩んでいる。

久々にいい天気になったので、たまっていた洗濯物を干した……それは気分が良かった。ぼくは晴れている日に太陽の下に出るのが好きなので、出かけようかとも思った。だけど入浴したり着替えたりするのが死ぬほど億劫だ。僕はこの面倒くさがり故にこの長期休みの大半を無駄にしてしまった。今日こそは出かけたい…と思いつつ、、、横になってる。

 

休んでいる間に、1日の太陽の動きを覚えた。職場はあまり窓がないし、学生のころは太陽の動きなんて注目したことがなかったが、今は大変ひまなので横になりながら太陽が何時にどの位置に来るのかを記憶した。月末になったいまは、時計を見なくても太陽の位置でだいたいの時刻がわかる。

太陽は意外と早く動く。僕が何もしないからかもしれない。ずっと同じ場所で横になって窓の外を眺めていると、僕の上にかかるものの影があっという間に過ぎ去っていっては新しい別の影がかかる。そのかん、死んだような気持ちになる。気がつくと夕方の5時頃になっていて、僕はのそのそと起きて夕飯の買い物に行くというサイクルだった。

 

テンションの高い日は普段はやらない家事をやった。達成感が良かったけど、気持ちや体調が追いつかない日はできなくて、できない日のほうが多かった。まだやり残してる箇所の掃除があるので、今日明日の2日間でやり切りたかった。まだ夕方まであと6時間もある。頑張ればできるのだと思うけど、6時間はあっという間に過ぎ去る。恋人はこの6時間を、早く過ぎ去れと思いながらゆっくり過ぎる時の中で働いているのだろうと思うと、大変申し訳なくなるのであまり考えないようにしている。

 

6時間はあっという間に過ぎるから今日という日もあっという間に終わるし、明日もあっという間に終わって、出勤日がくる。憂鬱で仕方がない。仕事が始まるのが嫌というより…長期休み中に済ませたかったノルマを達成できないであろうことがいやだ。

気持ちよく長期休みを終わらせるためには、「最後まで時間いっぱいだらけよう」ではなく、動き回ったほうが有意義なんだ。

わかってるけど、体は起き上がらないし、僕の上にかかるものの影はけっこうなスピードで過ぎ去っていく。

早く起きて、ちゃんとおかたづけができたら、近所でまだ咲いたままになっている桜を見に行こうと思う。

思う分には自由だと思う。

 

 

僕と宗教のはなし

幼少のころから、他人にあまり詳細を話したくない自分の事情というものがいくつかある。バイ・セクシャルであることもそうだし、母方の祖父の死に際とか(めちゃくちゃ色々あった。話せる機会があればいいと思う)。

今日はTwitterで子どもと宗教のお話を見たので、僕も宗教の話がしたい。

 

そもそも日本では宗教の話はなんだかタブーだ。あまり他の国ではそうじゃないんじゃないかと思う。例えばカトリックなんかは昔は異教への差別が酷かったけど、今の時代、キリスト教圏でイスラム教や仏教の話をしたって嫌な顔をするひとはあまりいないだろう。過激派宗教っていうのもまあありはするけど。

 

日本で宗教の話がタブーである理由はよくわからない。「新興宗教」に対する警戒心が強すぎて、その他の宗教や三大宗教にも警戒心を持っているような気配がある。僕は無宗教じゃないので、無宗教のひとの気持ちはよくわからない。

 

僕はプロテスタントキリスト教徒なんですけど、割と真剣に神様を信じているし、悪い事をしたと思ったら神様に懺悔するくせがついている。自身の平穏を祈る時もある。だけど教会には行かないし(昔は行ってた)、聖書の勉強もしてないので全く詳しくない。神様の存在だけを信じて祈る時は本気で祈っているので、そこそこ熱心なキリスト教徒だと自分では思っている。

なんかの映画かドラマかテレビ番組かで、キリスト教徒が日本の無宗教者に、「どの宗教も信じてない??じゃあきみは何か起こったときに何を心の拠り所にしてるんだ?」と聞いた場面があった。僕も無宗教者に対しては割とそんな気持ちでいる。拠り所になる神様がいないことをバカにしているんじゃなくて単純な疑問だ。そして無宗教者は、心の拠り所に神様を置くことを不思議に思ってるんだろうなと感じている。その感じはわからなくもないけど、ほんとにそれで大丈夫なの?神様信じてないでいるの怖くない??ってどうしても思ってしまう。それが信条の違いというものだ。

 

だけど僕がそういうふうに神様を思っていることは、あまり他人には話さない。昨今の日本ではセクシャルマイノリティの議論が高まっているので、現時点では自分がバイセクシャルであることを話すよりも、自分がクリスチャンであるという話をするほうがハードルが高いような気がしてくるほどだ。

バイセクシャルであることを話すと、「そういう人もいるよね」と許容されそうな気はする。でもクリスチャンであると言うと、「なんで宗教やろうと思ったの?」と言われそうな気がする。前者は選びたくて選んだものじゃなくて、後者は選びたくて選んだものだからだろうか。

「なんで宗教やろうと思ったの?なんで宗教入ったの?」と聞かれても困る。子どもの頃からそうだったからだとしか言えない。そしたらたぶん、強制されたのか可哀想という目で見られそうだ…とごちゃごちゃ考えて、結局黙ってしまう。

 

親も祖母もキリスト教徒だから自然に教会に通ったが、宗教を強制されていたと感じたことは一度もない。厳しい家庭なら、宗教を強制されてると感じて嫌になる子どももいるだろう。でも僕はそうじゃなかったし、それは宗教の問題ではなく家庭の問題であると思う。

家族で新興宗教に入っている友人がいて、ネットではその新興宗教は勧誘ノルマが厳しいとかルールが厳しくて信者の子どもが可哀想とかよく聞くが、その友人は自身の宗教に厳しさを感じたことはないそうで、満足していると言っていた。だけどその友人も、僕と同様に自分が所属している宗教の話を積極的にはしなかった。

 

僕や友人が宗教の話をしないのは、宗教に恥ずかしさを感じているからではない。宗教に所属していることを嫌なことだと思っているからでもない。なんとなくまわりの雰囲気を見て、「話してはいけない」と思ってしまう。自己防衛のようなものだ。

宗教のルールは宗教それぞれ、家庭それぞれ、同じ宗教に属していても信じる度合いやルールを守る度合いは人それぞれ。僕達はそれを理解しているけれど、無宗教者の人たちにとっては、全部同じに見えるらしい。何が悪くてそう思わせているのかはよくわからないんだけど、親がやってるから子どもの頃から宗教に入っている=可哀想になってしまうのだ。すべての宗教、すべての家庭、すべての信者をひとくくりにして。

強制されてるから可哀想な思いをしている宗教家の子どもはもちろんいる。少なくもないだろうけど、だからといって、全員に当てはめないでほしいとも思っている…。

 

僕がいま教会に行ってないのは、教会が嫌で行きたくなくなったからじゃない。幼少期のトラウマによるところが大きい。そのトラウマは教会から与えられたものではない。

幼少期は、毎週日曜日に教会に通っていた。僕は教会が好きだった。礼拝をするのも聖歌を歌うのも好きだった(今でもたまに聖歌を鼻歌で歌うくらいには好き)。日曜学校という、信者の子どもたちが集まって子ども向けの聖書の物語を読んだり、塗り絵をしたり、劇をしたりする時間があったのだけどそれも好きだった。礼拝のあとにみんなでおかずを持ち寄って机を囲んで大勢で昼食を食べるのも好きだった。牧師さんも好きだった。クリスマスミサも大好きだった。

でも行かなくなったのは、学校の友だちが原因だった。

友だちは嫌いじゃないし遊びたいけど、平日や土曜日にも遊べる。僕は日曜日は教会に行きたかった。それで、日曜日の誘いは断っていた。

たしか小3くらいの頃までは、「教会に行くから日曜日は遊べない」とはっきり言っていた。友だちもそれで納得していたし、教会って何するの?って聞いてきたので、嬉嬉として話した。

高学年くらいになると、教会に行くから日曜日は遊べない、があまり通用しなくなった。みんながみんなそうじゃなかったけど、何人かの友だちは不満そうな顔をするようになった。宗教について、少し知識がついてくる年ごろだった。「日曜日に遊びに行けないなんて可哀想」と言われるようになった。「教会行かないといけないの大変だね」とも言われるようになった。

僕のところの宗派や家庭は、あまり厳しくなく、日曜日に学校行事があったり、友人と土日をかけてお泊まりに行きたいという日は、普通に教会を休んでよかった。「教会を休む」という概念すらあまり無かった。休むとか行かなきゃとかそういうものじゃなくて、行くかどうかは完全に自由だった。そうじゃない所もあるだろうけど今はその話はしない。少なくとも僕は自由だったのに、可哀想だと言われた。

 

可哀想という言葉が逆に僕を縛り、僕はこのころから、ごちゃごちゃ考えるようになっていた。もし、「教会に行くのは強制じゃなくて、行きたいから行ってる」と友だちに言ったら、「日曜日はお前らと遊ぶよりも教会に行くほうが楽しい」と言ってるようなもんじゃないか?そう思われても仕方ないんじゃないか?

友だちと遊ぶのが楽しくないわけじゃないし、比べてどちらが楽しいとか大事かとかじゃなくて、僕は単純に、教会は日曜日にしかやってないから日曜日は教会に行きたいって思ってるだけなのに。

 

そう思っている間に、僕は全く別の件でいじめを受け、「こいつ教会とか行ってんだろ」みたいなことも言われた。いじめられるようになった原因とは関係なかったけど、からかいの種にはなってしまった。その頃にはみんなにも怪しいほうの新興宗教の知識がついており、僕が宗教をやっていることを、いじめグループには「あやしい」「気持ち悪い」と言われるようになった。そう言われるとそうなんじゃないかって気持ちにもなってきて、僕の信仰心は簡単にゆらいだ。

いじめられてるあいだも、別のクラスには一緒に遊ぶ友だちがいて、その友人たちに「日曜日は教会に行くから遊べない」と言うのがますます申し訳なくなっていた。「教会に行くから」ではなく、別の理由をつけて(家族で遠出するからとか、おじいちゃん家に行くからとか)断るようにした。そういう仮病みたいなやつでは毎回断りきれないので、教会のほうを休んで友だちと遊ぶことも多くなった。

親や祖母や教会のひとたちは、「遊びたい盛りだから教会に行かなくなっても仕方ないね」と言っていた。そうじゃない、そうじゃないんだよと思っていたけど、教会に行くことを可哀想と言われたりバカにされるからだとは、教会に通う大人たちには言えなかった。

 

そうこうしながら中学校まではなるべく教会に通っていたけれど、高校にあがって、初めて男性の恋人ができて、日曜日の遊びの誘いを断っていたのも含めて彼とはいろんなゴタゴタがあり、ストーカーやら暴行やらがあって酷いトラウマになってからは、もう無理して日曜日を潰さなくていいんじゃないかと思うようになってしまって、完全に教会には行かなくなった。

自身の宗教の話を他人にすることも無くなっていたし、「話したら絶対ややこしいことになる」ともわかっていた。

 

大人になっても話せない。職場で、堂々と宗教をやっていると明言していた人がいたのだけど、彼はカフェインは勧められても絶対とらないし、日曜日の休日出勤は絶対断るし、宗教でこういう行事があった、こういう信者と出会ったと普通に話していた。それを白い目で見る人もいるわけで、「ああいうふうに、宗教やってる人って…」と影で言われているのを僕も聞かされていた。僕は合わせて笑うしかなかった。

彼は、楽しく宗教をやってるのを楽しいよって話してるだけなのに、ほかの人は勧誘されるんじゃないかと勝手に身構えたりするのだった。しつこい勧誘された経験があるからそうなってしまうんだろう。わかるけど…。しつこい勧誘なんてする宗派が悪いとも思うけど…。

 

そんなこんなで、僕はキリスト教徒ですって言いづらくなっていく。祈りのポーズもとらず、心の中で祈るだけになってしまった。僕はいまのスタイルでも満足しているけど、正直言うと、もし自分の子どもが生まれたら、できたらキリスト教徒に入ってほしいと思っている。

それを配偶者がどう思うのか。親戚がどう思うのか。子どもをキリスト教に入れたことが友だちや会社のひとにバレてしまったらどう思われるのか。そもそも子どもがある程度大きくなった時に、僕と同じ悲しさを感じてしまわないか。そういうことを色々考える。

宗教やってたら、宗教自体のせいじゃないのに悲しい思いをしてしまう。教会か友だちかなんて子どもに選ばせたくないし、そうじゃなくても、もっと大きくなったら宗教差別があることを知って、宗教について沈黙しないといけなくなるのだ。けっこうつらい。

そんなんなら、入信させないほうがいいんじゃないか…とも思うけど、はじめの方でも書いたけど、僕は心の中に神様という拠り所がないということに「大丈夫なの?」と思ってしまうし、怖いとも思う。なんだかんだで無宗教のひともそれでうまくやってんだから大丈夫なんだろうけど、僕からしてみると、そこに神様が置かれないことは心に穴があくようなもんじゃないかというふうに思えてしまう。心に神様がいない状態というものがどういうものなのか、キリスト教徒の僕にはわからないから、自分の子をキリスト教に入れないと納得して決断するまでには、様々な不安がついてきそうだ。

まだ子どももいないのに、Twitterで宗教家族と子どもなんてテーマのマンガを見たので、自分の子ども時代を思い出しながらごちゃごちゃと考えた。

厳しく子どもに宗教を強制する家庭と、普通の宗教とをごっちゃにしない社会にいられたら、僕の宗教生活はしあわせだったんじゃないかと思う。